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私たちの脳は無数の神経細胞から成りますが,神経細胞は無秩序に配置されているわけではなく,多数の神経細胞が規則正しく集まったカラム構造を示します。コンピューターにおいては無数のトランジスタが集積したICチップが基板上に配置されていますが,それと同様に,私たちの脳においては無数の神経細胞が集積したカラム構造が脳の機能単位として働き,脳の機能を実現する上で重要な役割を果たしています。しかし,その形成機構はほとんど分かっていませんでした。ヒトを含めた哺乳類においては1つのカラムは数万もの神経細胞から成ると言われ,その形成機構の全貌を明らかにすることは非常に困難です。一方,ショウジョウバエの脳もカラム構造を示す上,1つのカラムに含まれる神経細胞の数は百程度であると言われており,ショウジョウバエはカラム構造の形成機構を調べる上で優れた実験動物であると言えます。

 また,多数の細胞が集まって生体組織を作る際に,細胞間の接着が重要であると言われています。特に,接着力が異なる細胞が集まると,自発的に接着力の強い細胞が組織の内側に,接着力の弱い細胞が外側に集まることが知られており,このような接着力の差分が私たちの体を形作る上で重要であると言われていました。しかし,これまでの研究のほとんどは人工的な培養細胞系に限られており,細胞接着差分の生体内における働きは明らかにされていませんでした。細胞のこのような働きを実証するためには,生体内において細胞の接着力を変化させる必要がありますが,このような実験は非常に困難です。ショウジョウバエにおいては遺伝子操作の技術が非常に発達しているため,生体内の特定の細胞において細胞接着力を操作することが可能です。そこで本研究グループは,このようなショウジョウバエの特性を生かして,細胞接着力の差分によって脳のカラム構造が形成する仕組みを解明しました。

 


 哺乳類においては1つのカラムは数万もの神経細胞から成ると言われ,その形成機構の全貌を明らかにすることは非常に困難です(図a)。一方,ショウジョウバエの脳もカラム構造を示す上,1つのカラムに含まれる神経細胞の数は百程度であると言われており,ショウジョウバエはカラム構造の形成機構を調べる上で優れた実験動物であると言えます。
 
 従来,ショウジョウバエの脳においてカラム構造を可視化することは困難でしたが,本研究グループは細胞接着分子の1つであるNカドヘリンの局在により,ドーナツ状のカラム構造を簡単に可視化できることを見いだしました(図b)。1つのカラムには百程度の神経細胞が含まれると考えられています。本研究グループは,カラム形成の最も初期に存在するとともに,カラム形成に必須な神経細胞を探索しました。その結果,R7,R8,Mi1と呼ばれる3種類の神経細胞が特に重要であることを発見しました。カラム構造は幼虫の次期から形成し始めますが,最初はR7がカラムの中心に点状に配置し,R8がその外側にドーナツ状に,Mi1がさらにその外側に網目状に配置します(図c)。 この様にして、同心円上のカラムの基本構造が幼虫期において形成されるのです。さらに、蛹期においては、3つの神経細胞の配置を起点として,3次元的なカラム構造が構築されていくことを示しました(図d)。

 次に,R7,R8,Mi1から成る同心円状の初期のカラム構造の形成について調べました。細胞接着差分仮説によると,接着力が異なる細胞が集まると,自発的に接着力の強い細胞が組織の内側に,接着力の弱い細胞が外側に集まることから,生き物の体の形成過程においては,このような細胞接着の差分が重要な役割を果たすと言われていました。私たちは,Nカドヘリンがカラムにおいてドーナツ状に局在することを見いだしていたことから,Nカドヘリンによる細胞接着の差分がカラム形成を制御しているのではないかと考えました。そこで,Nカドヘリンタンパク質を蛍光ラベルで標識し,その発現量を測定すると,R7が最も強く,Mi1が最も弱くNカドヘリンを産生していることが分かりました(図c)。したがって,Nカドヘリンによる接着力の順番に応じて,カラムの中心からR7,R8,Mi1の順に配置するのではないかと考えられました。


 
 
 

 この仮説が正しければ,人工的にNカドヘリンの産生量を操作することで,R7,R8,Mi1のカラム内における位置が変化するはずであると考え,R7,R8,Mi1の接着力を変化させることによる細胞の位置の変化を調べました。その結果,通常はカラムの中心に位置するR7の接着力を低下させるとR7の位置が外側にずれ(図a),R8の接着力を低下させるとR8の位置が外側にずれ(図b),R8の接着力を増強させるとR8の位置が内側にずれ(図c),カラムの外側に位置するMi1の接着力を低下させるとMi1の位置が内側にずれる(図d)ことを実験的に示しました。

 興味深いことに、図aにおいてR7が外側にずれると同時にR8やMi1が内側にずれること、図bにおいてR8が外側にずれると同時にMi1が内側にずれるという現象も観察されました。これらの結果は全てNカドヘリンによる細胞接着の差分がカラムの基本構造を決定しているという仮説を支持します。


 

 

 本当にR7, R8, Mi1の接着力の差分だけで図bのような同心円状のパターンが説明できるのでしょうか?各細胞の挙動を表現する数理モデル(図a)を用いてコンピューターシミュレーションを行った結果,R7,R8,Mi1間の接着力の順番が保持されていれば,カラムの基本的パターンを十分に説明できることが示されました(図c)。

 

 カラムは脳の機能単位であり,神経疾患において脳の形成や脳機能の異常が生じるメカニズムを理解し,治療法などに応用する上で重要だと考えられますが,カラム形成の基本的なメカニズムはほとんど分かっていませんでした。また,細胞接着差分による生体組織の形成機構が昔からの有力な仮説として知られていましたが,生体内における実証はほとんどありませんでした。本研究はショウジョウバエの脳において見られるカラム構造の形成過程において,細胞接着差分が中心的な働きをすることを示しました。神経細胞どうしの接着はNカドヘリンによって制御されますが,その働きはヒトを含めたあらゆる動物において共通していることから,本研究成果はヒトの脳の形成機構の解明,神経疾患の治療への応用,細胞接着制御を活用した再生医療研究への応用が期待されます。

Trush, O., Liu, C., Han, X., Nakai, Y., Takayama, R., Murakawa, H., Carrillo, J. A., Takechi, H., Hakeda-Suzuk, S., Suzuki T. and Sato, M.
N-cadherin orchestrates self-organization of neurons within a columnar unit in the Drosophila medulla.
Journal of Neuroscience 39, 5861-5880 (2019).

Carrillo, J. A., Murakawa, H., Sato, M., Togashi, H. and Trush, O.
A population dynamics model of cell-cell adhesion incorporating population pressure and density saturation.
Journal of Theoretical Biology 474, 14-24 (2019).

 カラムの形成機構は非常に複雑で、多数の遺伝子が協調的に働く事でこのような複雑な構造そして機能が実現すると考えられます。当研究室では様々な遺伝子および神経細胞の働きを分子遺伝学、イメージング、数理モデルなどの技術を駆使して解明して行きたいと考えております。


 


   
  金沢大学 新学術創成研究機構