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細胞系譜依存的反発によるカラム構造の形成機構とDscam1の働き
 

 私たちの脳は無数の神経細胞から成りますが,神経細胞は無秩序に配置されているわけではなく,多数の神経細胞が規則正しく集まったカラム構造を示します。私たちの脳においては無数の神経細胞が集積したカラム構造が脳の機能単位として働き,脳の機能を実現する上で重要な役割を果たしています。 また,脳の形成過程においては,神経幹細胞と呼ばれる特別な細胞が多数の神経細胞を生み出します。哺乳類を用いた研究では,同じ神経幹細胞から生まれた神経細胞の集団がカラム形成と密接に関係するという仮説(radial unit仮説)が提唱されていますが,この仮説がどの程度正しいのか,また,この過程がどのような仕組みによって実現しているのかについては分かっていませんでした。私たちはハエの脳を用いることにより,この仮説を検証し,神経細胞が複数のカラムに分配される仕組みを解明しました。

 

   

 哺乳類の大脳皮質においては放射状グリアと呼ばれる細胞が神経幹細胞として働き、多数の神経細胞を生み出します。この時、同じ神経幹細胞から生まれたradial unitと呼ばれる姉妹神経細胞の集団がカラムを構築するというradial unit仮説が提唱されていました(図左上)。ハエの脳の形成過程においても,神経幹細胞がradial unitと類似した神経細胞集団を生み出します(図右上)。1つの神経幹細胞から生まれた神経細胞をモザイク解析と呼ばれる手法によって可視化したところ、初期においては直線上に配置されていた細胞集団が、時間が経つと細胞移動によってバラバラになってしまうことを見いだしました(図中段)。これと類似した現象は哺乳類においても報告されています。また、これら神経細胞の軸索を観察したところ、同じ神経幹細胞から生まれた神経細胞どうしが反発し、異なるカラムに分配される「細胞系譜依存的反発」現象を見いだしました(図下段)。同じ神経幹細胞に由来する神経細胞が脳内の遠く離れたカラムに投射することがわかります(図右下)。

 
 
   
 

 このような現象が生じるためには、神経幹細胞一つ一つについて、生み出された神経細胞が識別されラベルされる必要があると考えられます。ハエのDscam1遺伝子はヒトにおけるダウン症の原因遺伝子の1つであるDscamと相同な遺伝子で、選択的スプライシングによって1つの遺伝子が2万種類もの異なるアイソフォームを生み出します(図上段)。また、同一のDscam1アイソフォームどうしが結合することで、細胞間の反発作用を生むことが知られており(図中段左)、この作用によって神経幹細胞ごとに神経細胞がラベルされ、細胞系譜依存的な反発作用が制御されるのではないかと考えました(図中段右)。その結果,Dscam1が神経幹細胞において一過的に発現することで,同じ神経幹細胞から生まれた神経細胞の集団が同じタイプのDscam1でラベルされることを見いだしました。また、今回新たに開発したin situ RT-PCRという方法によって2万種類のDscam1アイソフォームのうちの一部の発現パターンを可視化すると、一部の神経幹細胞においてランダムに発現することがわかりました(図下段)。つまり、神経幹細胞においてDscam1アイソフォームがランダムに選択され、これによって神経細胞どうしの反発が誘導されると考えられます。

 

   
 
 

 通常は同じ神経幹細胞に由来する姉妹神経細胞は広範囲にわたるカラムに投射します(図左)。しかし、Dscam1の機能が失われると,同じ神経幹細胞から生まれた神経細胞が同じカラムに投射し,周囲のカラムの構造に異常が生じることを見いだしました(図右)。このことから,Dscam1は細胞系譜依存的反発とそれに引き続くカラム形成において重要な役割を果たすことが分かりました。

 

 哺乳類において,細胞系譜に依存したカラム形成機構が提唱されていましたが,その詳細については未解明でした。本研究ではモデル動物としてショウジョウバエを用いることにより,細胞系譜依存的反発がカラム形成において重要な役割を果たすとともに,Dscam1遺伝子が細胞系譜依存的反発とカラム形成を制御することを明らかにしました。神経幹細胞から神経細胞が生み出されるメカニズムやDscam遺伝子の働きはヒトを含めたあらゆる動物において共通していると考えられるため,本研究成果はヒトの脳の形成機構や神経疾患の発症機構の解明への応用が期待されます。

Liu, C., Trush, O., Han, X., Wang, M., Takayama, R., Yasugi, T., Hayashi, T., Sato, M.
Dscam1 establishes the columnar units through lineage-dependent repulsion between sister neurons in the fly brain.
Nature Communications 11, 4067 (2020).


 


   
  金沢大学 新学術創成研究機構