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Notchシグナルの時空間的制御機構の解明
 

 Notchの研究はショウジョウバエを用いた解析に端を発し、脳の発生だけでなく様々な生命現象における重要な役割が、ハエからヒトまで進化的に保存されていることが分かっています。特に、前節において解説した「側方抑制」によって神経分化の空間的な規則性が制御される仕組みは非常に有名です。一方、同じNotchシグナルの時間的なダイナミクスが神経分化の時間的制御においても重要であることが示されつつありますが、具体的にどのような分子機構によってNotchの時間ダイナミクスが制御されるのか、ほとんど分かっていません。


 

NotchシグナルはProneural Waveの前後で2回活性化する

 Proneural Waveについてのこれまでの数理モデルではNotchがProneural Waveの波面において1回活性化する様子が再現されていました(緑、図中の1; 前節参照; )。しかし、実際にはProneural Waveが通過した直後にもう一度Notchが活性化するのです(図中の2)。1回目のNotchの活性化は近傍で発現するDeltaによって誘導されることが分かっていましたが、このDeltaの発現を阻害すると2回目のNotchの活性化も消失したことから、2回に渡るNotchの活性化は密接に関係していると考えられました。


 
非線型なcis-inhibitionによる2回のNotch活性化
 

 これまでの数理モデルに修正を加え、どのような場合にNotchが2回活性化するのか検討しました。隣接する細胞間でDeltaとNotchが結合すると、Notchの細胞内ドメインが切断され、Notchの標的遺伝子の転写を活性化します(trans-activation; 図の左)。一方、同じ細胞でDeltaとNotchが発現する場合、DeltaはNotchの活性化を阻害します(cis-inhibition)。
 興味深いことに、Deltaの発現量に対するcis-inhibitionの強さの変化に強い非線型性を導入し、Deltaの発現が弱い時にはほとんどcis-inhibitionが生じず、ある閾値を超えると急激にcis-inhibitionが増強してtrans-activationの効果を上回る様にすると、Notchの活性ピークが1つから2つに分離することが分かりました(図右)。


 
Deltaが細胞内輸送を介したNotchの分解を誘導する
 

 この様な急激なcis-inhibitionは、例えば細胞膜上に存在するNotchがDeltaによって急速に分解される、ということを想定すれば説明できます。実際、活性化される前の細胞膜上のNotch蛋白質を可視化すると、Proneural Waveの通過直後に一過的にNotchの量が低下していることがわかりました(図左)。また、Delta変異領域を誘導すると、その領域ではNotchの量が顕著に増加することが分かりました(図中)。これらのことから、Deltaの発現が引き金となって、Deltaを発現する細胞と同じ細胞ではNotchが分解されることが考えられました。
 一般的に、細胞膜上の蛋白質は細胞内輸送によって後期エンドソームに運ばれ、急速に分解されると考えられます(図右)。我々はDeltaとNotchの複合体が後期エンドソームに運ばれ、Deltaはリサイクリングエンドソームを介して細胞膜に戻り、Notchはそのまま分解されることを示しました。



 
2回目のNotch活性化は神経幹細胞の時間変化を制御する

2回目のNotchの活性化はProneural Waveの通過後の神経幹細胞において見られます(左)。神経幹細胞はHth, Klu, Eyといった転写因子の発現によって時間とともに性質が変化しますが、中でもKluの発現とNotchの活性化タイミングはピッタリと一致します。実際、Notchの活性化が失われるとKluの発現は消失するため、2回目のNotch活性化はKluの発現を制御していると言えます。
 Deltaの発現を減弱させると、Notchの2回の活性ピークが融合し1つのピークになります。この時、Kluの発現タイミングが早まり、それとともにKlu陽性神経幹細胞から生み出されるRun陽性神経細胞の産生パターンも変化することを見出しています。

 Notchシグナルにおけるcis-inhibitionが生物学的にどのような意義を持つのか、またどのような分子機構によって制御されているのか、ほとんど分かっていませんでした。本研究によって、①Deltaを引き金として細胞内輸送を介してNotchが分解されることでcis-inhibitionが生じること、②非線型なcis-inhibitionによってNotchが2回に渡って活性化し、これによって神経幹細胞の時間変化が制御されることが明らかになりました。Notchが関与する他の生命現象においても同様のメカニズムが重要な役割を果たしていると考えられます。

Wang, M., Han, X., Liu, C., Takayama, R., Yasugi, T., Ei, S., Nagayama, M., Tanaka, Y. and Sato, M. 
Intracellular trafficking of Notch orchestrates temporal dynamics of Notch activity in the fly brain.
Nature Communications 12, 2083 (2021).


   
  金沢大学 新学術創成研究機構